2017年05月09日

2017年03月26日

CITI Bank Chinaの口座をクローズした話

IMG_2327.JPGCITIBANK Chinaの口座をクローズした。その顛末を記してみると。。。(数字等について記憶があやふやなところもあり)

CITI GOLD口座は、口座に50万元以上をキープすれば本来かかるはずの月々の口座手数料(200元)が免除され、日本のCITI口座からの振込手数料が無料になるというもの。でも日本のCITIは撤退してしまったので送金でのメリットはなくなり、また、一昨年の夏、人民元安が進む気配があり、定期預金の利子率もずいぶんと下がったことから口座残高を減らしたくなった。

そこで上海古北の支店に行って、平口座(5万元をキープすれば月の口座維持手数料が免除される)に変更してほしいと依頼したところ、支店担当者いわく、「口座ステータスを変更するのは手間がかかる。5万元以上キープすればGOLDステータスを保持するから、変更しないでよろしい」とのことで、変更するのをやめて、口座残高を5万元ピッタリにまで落とした。

ところが昨年9月、月の口座維持手数料200元が引き落とされていた。話が違うじゃないかと抗議したら、ルールが変更となり、平口座で5万元をキープしていても手数料がかかるようになった由。

口座にお金を置いておくだけで残高がどんどん減っていくのではたまらない。それに、ちょっと前に(HSBCではそんなこといわれないのに)セカンドIDの登録が必要といわれたり( http://osono.sblo.jp/article/113185648.html )して、なんだか面倒なので口座をクローズする決心をした。

CITIの人によれば、預金の全額を定期預金として普通預金(セービング・アカウントと決済アカウント)の残高をゼロとしておけば口座維持手数料は引かれないとのことだったので、5万元を定期預金にし、満期には元本と利子が全額ロールオーバーされるようにして(普通預金の残高が常にゼロになるようにして)口座解約のタイミングを見計らうことにした。

そして3月7日、定期預金にしてあった5万元+利子が満期を迎えた。手数料200元を引かれてはたまらないので満期日の朝にATMに行って1日の現金引出限度額の2万元をおろし、残金3万元+利子をネットバンキングでHSBCの口座に送金。口座残高を完全にゼロにしてCITIの和平飯店支店へいって口座をクローズした。

口座をクローズしても紙の一枚もくれないのであっけないものだったけれども、何年ものあいだもっていた口座を閉じると、なにやら感慨深いものがあった。いつまでたっても中国に絡んでいるが、なんだかちょっと中国から卒業したような気分がした。

posted by osono at 21:41 | 日記

2017年01月11日

悪徳企業から子供をまもらなくちゃ (3)

僕が戦隊ヒーロー/ライダーを嫌う理由はほかにもあって、玩具会社の販売のしかたが強引すぎるということ。テレビと映画を駆使して子供が関連製品を買いたくなるようにしむける。テレビや映画にあわせてオモチャが売られるというよりも、オモチャの販売のためにテレビや映画がつくられるというような感じ。

戦隊ヒーロー/ライダーだけでなく、妖怪ウォッチもポケモンもカミワザ・ワンダも同じ。オモチャやゲームを売るために番組がつくられているようにみえる。

子供の生育に役立つオモチャならまだいいのだけど、テレビや映画の主人公が身につけるアイテムのオモチャは音や光が出るだけのものばかりで、子供の創造性を育てることもない。あまりに単純なオモチャなので子供は数回遊べば厭きてしまう。でも、次から次へと関連商品が出る。そのうえ毎年毎年同じような内容の新作が作られて、同じような商品が販売される。どんどんゴミが増えていく。もったいない。

番組の製作者が子供のことを第一に考える人ならばこんなテレビ番組はつくらないはず。利益第一、子供第二と考えている人が番組を手がけるとしても、オモチャを売ることが目的でさえなければこんな番組はきっとつくらない。

日曜朝のテレビ朝日、日本の将来のためにも消えてなくなればいいのに。




posted by osono at 23:46 | おかしいと思うこと

2016年12月28日

悪徳企業から子供を守らなくちゃ (2)

image.jpeg子供の興味は目まぐるしく変わる。季節ごとに変わるといってもいい。息子の興味は今年の夏はベイブレードに夢中だった。朝起きても、夕方幼稚園から帰ってきてもベイブレード。週末は朝、昼、晩。ところが秋になるとベイブレードは下火になり、今度はポケモン・ガオーレに夢中になった。

前回書いたとおり、いま息子がはまっているポケモン・ガオーレにはかなり問題があると思っているのだけれども、ベイブレードの前にブームだった戦隊ヒーローやライダーからはさらに遠ざかってくれたことにはホッとした。

僕は戦隊ヒーロー/ライダーが乱暴な大人を作ってしまうのではないかとけっこう本気で心配している。戦隊ヒーロー/ライダーには殴る・蹴るシーンがあまりに多い。子供はすぐまねをする。見始めてすぐに息子は僕のことを殴り蹴るようになった。基本的にはじゃれている程度であり痛くもないので「まあいいか」と思っていたのだけれども、彼がなにかで怒ったときに、僕の鼻をゲンコツで殴ったときは、さすがに「これはいかん」と思った。対象が僕に限られるのならばまだいいが、妻のこともときどき蹴るし、バーバをぶったときにはさすがに叱りつけた。幼稚園で友達を殴るのではないかと心配している。

考えてみれば僕は人を殴ったことは一度もない。テレビではしょっちゅう誰かが誰かを殴るシーンがあるけれども、たいていの人は生涯で一度も人を殴らないのではないかな。殴らなければならない状況におちいることもない。それなのに戦隊ヒーロー/ライダーは殴る蹴るだらけで、それを見た子供は確実に影響される。戦隊ヒーロー/ライダーを見続けた子供は将来暴力的になるのではないかと心配するのだけど、考えすぎかなぁ。

そういえば、ディズニー・チャンネルでは人を殴ったり蹴ったりするシーンは非常に少ない(昨年放送が始まったドラえもんでジャイアンがのび太を殴る程度かな)。敵を爆破したり殺戮するするシーンは見たことがない。オーストラリアで息子が見る子供向けの放送でも暴力シーンは見かけない。国が規制しているのか、それとも製作者が自粛しているのかはわからないけれども、暴力シーンを垂れ流す日本のテレビは特異なのではなかろうか。

「子供番組の暴力シーンを規制せよ」と主張したならば、「日本はアニメ大国。日本の強い産業をつぶしたいのか」とか批判されそうだけれども、他国が規制し、または自粛して作成しない暴力的アニメを売りつけ儲けているのだとすれば、180年前にイギリスが阿片を中国に売って儲けていたのと似ているような気がするのだけれども。

posted by osono at 23:09 | おかしいと思うこと

2016年12月06日

悪徳企業から子供を守らなくちゃ(1)

ここ数日DeNAのキュレーションサイトが問題になっている。DeNAといえば、数年前にはコンプリートガチャの問題があった(あのときはグリーがめだっていたけれども、DeNAやバンダイもコンプリートガチャをやっていた)。いずれも企業が利益を追求するあまりに社会に損害を与えたという事例なのだけれども、同様の観点から昨今僕が問題だなぁと思っているのが『ポケモンガオーレ』。

ポケモンガオーレはポケモンを捕まえるアーケードゲーム。主に玩具店に設置されており、ゲームの内容は単純で、おそらく5歳から8歳くらいの子供を対象としている。

このゲーム。結構お金がかかる。

まずプレーを始めるのに100円。

ポケモンとバトルをし、捕まえたあと、ポケモンをディスクにして排出するのに100円かかる。

ここでやめてもいいのだが、子供たちはやめられない。ポケモンが雄叫びをあげ、新たなポケモンを呼ぶのだ。
持ってないポケモンが現れれば当然欲しくなるので、100円を追加投入してバトルをし、さらに100円を入れてディスクを排出する。

でもまだ終わらず、ポケモンが再び雄叫びをあげて次のポケモンを呼ぶ。子供はまたまた100円を投入してバトルをして、もう100円を入れてディスク排出。

計600円也。

もちろんバトルを1回でやめ、ディスクにしなければ100円で済むのだけれども、子供たちはディスクを集めたくてプレーしているのだし、レアポケモン(レアポケモンをもっていると次回以降のバトルで有利に戦うことができる)は何度もプレーしなければゲットできないので、とても100円では我慢できない。子供の心理を巧みについて100円玉を吸い上げていく仕組みになっている。

それ自体では何の価値もないカード(ディスク)を集めさせ、それを繰り返すうちに偶然に特別なもの(レアポケモン)を得られる仕組みで消費者の射幸心を煽って利益をあげる、というのは、まさにコンプリートガチャと同じ。絵合わせ行為ではないので景品表示法違反とはならないのだろうけれども、法が守ろうとしている消費者の利益は損なわれている。それに、コンプリートガチャの場合、被害を受けたのはティーンエイジャーが主だったけれども、ポケモンガオーレの場合は5〜8歳くらいの幼児を対象としているので一層悪い。

自分の子供が6歳になり、営利追求ばかりを考えるために子供相手にあくどい商売をする企業が目につくようになってきた。ポケモンガオーレ以外にも問題だと思っているものがあるので、それらについてもいずれ書かなくちゃいけない。

IMG_2091.JPG

写真は本文とは関係なくて、東京都水の科学館。
無料なのに結構おもしろくてためになった

posted by osono at 01:15 | おかしいと思うこと

2016年08月25日

ダイヤモンド・プリンセス乗ってきた

IMG_1925.JPG8/15〜8/24の日程でアメリカのクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスに乗ってきた。航路は横浜→清水→熊野→瀬戸内海→別府→鹿児島→釜山→名古屋→横浜。

自分のための備忘録&乗船を検討されているかたの情報として気づきの点を順不同に列挙しておくと。。。

○価格的には、食費も移動費も含まれていると考えればお得かな。サービス面では以下のように多少の不満はあったのだけれども、合計ではそこそこの金額を払ったためにサービス面でのアラが気になったのかもしれない。価格なりのサービスと思えば我慢できる。

○船の外観はピッカピカだけれども、内装はちょっと古さを感じた。

○インターネット高すぎ。1分約80円!時代錯誤。

○部屋の便座が小さ過ぎ!縦方向が異常に短い。男性は普通に用をたすことができない。日本人使用のためにウォシュレット付きの便座に交換したためか?日本人以外用の部屋にはまともな便座がついているのなら絶対にその部屋のほうがいい。

○各種船内イベントは時間より多少早めに始まることが多い。最初から見たい場合や参加型の場合、早めにその場所にいかなくちゃならない。

○食事は、悪くないけど、さすがに厭きる。別料金を払わなくてはならわない寿司屋へ2度退避した(寿司屋についてはネタの種類が少なかったり、にぎり等のセットにうどんがついてきたり、カウンターに座って注文してもなかなか出てこないなどの不満もあったけど、値段は高くなく、悪くなかった)。

○カジノの営業時間は短い。3日に一度のオ−プン。オープン1日目は昼2時間、2日目は夜2時間のみの営業。ミニマム・ベッドの金額が安い(ブラックジャック台で6ドル)のはプレーしやすくていい。

○寄港地での観光は、船に戻る時間が気になってしまうのであまり見て回ることができなかった。ツアーに参加したほうがいいかな。ただツアーはちょっと高い。

○プールが深く(最も浅いところで1.5メートルで、すぐに深くなるので、ほとんどの場所で足がつかない)、子供と遊ぶには疲れる。あと、水がちょっと汚い。

○日本人の参加者は全体の半分ほど。なぜか大陸中国人を全くみかけなかった。なぜだ?

○船はほとんど揺れない。客室内も静か。

○初参加者とリピーターのキィーカードの色が異なる。見ていると、リピーターの数がすごく多いことがわかる。初参加者は多少肩身が狭い。乗船中に次のクルーズの予約をすると5万円も割引になる(75日前までにキャンセルすれば予約金の1万円も返金される)。この戦略がうまくいっている模様。



posted by osono at 15:48 |

2016年07月25日

小野寺信・百合子夫妻と鄭蘋茹

NHKで7月30日に小野寺信・百合子夫妻のドラマが放映されるそうで(終戦スペシャルドラマ 百合子さんの絵本〜陸軍武官・小野寺夫婦の戦争〜

ドラマでは夫妻の終戦間際のスウェーデンでの諜報活動が中心に扱われるようだけど、太平洋戦争開戦直前には小野寺信は単身赴任で上海にいて、日中間の和平工作に従事していた。小野寺はこの上海駐在中も十分にドラマになり得るような活動をするのだけど、そのあたりのことを拙著「上海エイレーネー」のなかで結構詳しく書いた。

小野寺が上海に赴任した経緯について、「上海エイレーネー」P198から引用してみると。。。
 一九三八年十月には、陸軍の小野寺信中佐が上海に着任し、いわゆる小野寺機関を立ち上げた。
 小野寺はロシア畑の人間で、バルト三国の公使館付武官を勤めたのち、六月より参謀本部ロシア課に勤務していた。
 ソ連および共産主義の南下に対する防衛は日本にとって極めて重要な課題で、中でもロシア課では危機意識が強く、ロシア課は、中国との戦いは本来対ソ連・対共産主義のために温存すべき国力の浪費以外のなにものでもないと考えていた。しかし参謀本部の支那課中心で進められてきた和平工作は遅々として進まない。未だなんら成果を得られないうちに開戦より一年以上が経ってしまっており、ロシア課の危機意識は大きくなる一方であった。
 ロシア課は、一刻も早い中国との戦争終結を目指し、自らも中国関連情報を収集・分析する機関を持つことが必要と考えた。そこで、欧州駐在により国際情勢に対する感覚も磨いていた小野寺を上海に送り込んだのである。


小野寺の容姿について、「上海エイレーネー」の主人公趙靄如は
 小野寺の丸い顔は、四十を過ぎた年齢には全く似つかわしくないくらいに幼く見えた。丸い眼鏡と丸い体型も相まって、なんだか愛嬌のある人だ、と靄若は思った。
と言っている。

小野寺は上海着任時、「日中和平実現を目指せ」との命を受けてはいなかったが、上海赴任直後から約9か月にわたって積極的な和平工作を行った。小野寺は約50年ののちに自分の一生を振り返って妻百合子に向かって「あれほど心血を注いで張り切って働いたことはなかった」と語っており、すなわち彼にとってこの時期はNHKがドラマにするスウェーデン時代以上に熱い日々だったようだ。

その小野寺がなぜ「上海エイレーネー」にでてくるかというと、この小説の主人公のモデル、鄭蘋茹(ZhenPingru・テンピンルー)が小野寺が上海で立ちあげた小野寺機関で一時期通訳や翻訳のバイトをしていたから。鄭蘋茹は日本軍の情報が欲しくて小野寺に接近し、小野寺も鄭蘋茹がスパイであると知りつつも、中国国民政府への橋渡しをしてくれれば、と期待して彼女を雇用した。鄭蘋茹はバイトでありながらも結構大事な仕事もしたようで、軍事委員会調査統計局(国民政府の特務機関)の実質的なトップである戴笠(ダイリー)を小野寺に紹介したりもしている。小野寺は蒋介石の側近である戴笠に会えば蒋介石への直接交渉の道が開けると考え喜んで会ったが、実際にはその男はニセモノだったようだ(鄭蘋茹は事前にニセモノであることを知らなかったようで、つまり彼女も騙されていた)。

小野寺は蒋介石との直接交渉によらねば戦争の回避はできないと考えたが、汪兆銘を中心とする傀儡政権立ち上げによる和平をめざす同じ陸軍内の支那課と対立する。支那課の中心人物が謀略の天才、影佐貞昭(自民党の谷垣禎一さんの母方祖父)で、小野寺と影佐の間で熾烈な戦いがあって、鄭蘋茹もそれに巻き込まれる。結局小野寺が影佐に負けるのだが、このときもし小野寺が勝っていれば、その後に破滅に向かった日本の歴史は大きく異なるものとなっていたに違いない(ちなみに「上海エイレーネー」のなかでは、この二人の争いのとばっちりで主人公は恋人と別れることになる)。

aaaa.jpg小野寺と影佐の活動以外にも複数の和平工作が上海を舞台に行われ、それは壮大なドラマなのだけど、そのあたりは拙著「上海エイレーネー」に結構詳しく書かれているので、ぜひご一読を。

あ、そうそう。NHKドラマの主人公、小野寺信夫人の百合子も「上海エイレーネー」のなかにでてくる(P298〜P299)。夜中にこっそり家を抜け出したことが夫にばれるのだが、実はその時百合子は夫の和平工作成功を祈って目黒区八雲の氷川神社にお百度参りに行っていた(この挿話は百合子手記に基づく史実)。

posted by osono at 10:48 | 著作

2016年07月06日

瓦氏夫人(5)

3ヶ月ほどほかのものを書いていたので瓦氏夫人についての記事が滞ってしまった。

で、どこまで書いたかというと、瓦氏夫人の夫、岑猛が死ぬところまで。

瓦氏夫人のことを紹介するといいつつ、ここまでは岑猛のことばかりを書いてきている。さてようやく瓦氏夫人の華々しく躍動感のある業績を書きたい、と思うのだけれども、実はまだどろどろした相続争いのことを書かなくてはならない。

岑猛の乱のあと、朝廷は田州を田寧と田州に分けることとし、田寧には流官(中央政府から派遣された官吏)を置き、田州は豪族の盧蘇が後見する岑猛の四男、邦相を土官とすることとした。ところが。。。

『明史』によれば、
邦相の兄邦彦(岑猛の次男)には芝という子があった。(岑芝は)祖母の林氏(岑猛の妾)と瓦氏と同居し、官より養田を与えられていた。その後、邦相は廬蘇(田州の有力な豪族)の専擅(せんせん。勝手にふるまうこと)を憎み、頭目の盧玉らと密かに謀り廬蘇と岑芝を誅殺しようとした。盧蘇は(事前に)これを知った。邦相は二氏(林氏と瓦氏のこと)の養田を削った。二氏は盧蘇と連合し謀議し、岑芝を梧州に走らせ、軍門(明朝の総督)に危急を告げさせた。また盧蘇は岑芝のために、人を使って邦相を刺殺してよいかと上疏した。邦相はこれを知り、刺客を殺害した。しかし盧蘇は伏兵を使って盧玉等を殺し、兵をもって邦相の家を囲み邦相を誘い出した。夜に乗じて瓦氏はこれを絞め殺した。


つまり、瓦氏は、田州を継いだ四男邦相に疎んじられていた豪族の盧蘇と組んで、邦相を排除し次男邦彦を擁立したのだった。

これが嘉靖13年(1534年)9月である。そしてその直後、これに不満の豪族たちが長男邦佐を擁立しようとするのだが、これは失敗に終わり、岑芝が田州を継ぐこととなる。

まだまだ続く。。。予定だったのだけれども、小説の方が書き終わったので、あとはそちらをご覧いただきたい。

瓦氏夫人〜倭寇に勝ったスーパーヒロイン


posted by osono at 14:44 | 著作

2016年06月07日

高鉄(高速鉄道)利用のススメ

(このブログ。どういうわけか高鉄(中国の高速鉄道)関連の記事のアクセス数が多いようなので……)

image.jpeg先日、上海で空き時間ができたので、上海→天津→山海関→天津→南京→上海 とまわってきた。

すべて高鉄利用だったのだけど、やっぱり飛行機より高鉄のほうがいいよね、と僕は思った。

◆料金は、ディスカウント・チケットを使うのならば飛行機のほうが多少安い。例えば上海から天津まで、6月8日の場合、吉祥航空ならナ、ナ、ナント350元。500元代の便も多い。ノーマルならおそらく1370元。高鉄は2等が516.5元、1等が869.5元、特等座が982.5元、商務座が1623.5元。

◆しかし高鉄には、僕の経験では、遅延がほとんどない。国内線が遅れる確率はどうだろう。50%と言っても言い過ぎではないと思う。中国国内線で飛ぶ日の夜に会合は入れてはいけない。信用を無くすことになる。そういえばずいぶん昔に上海での夜の会合に間に合うように深圳発14:30発の飛行機に乗るはずだったのに、翌朝4時過ぎに上海に着いたというブログを書いたことを思い出した。
 ロスト in 深セン(1) http://osono.sblo.jp/article/60412594.html
 ロスト in 深セン(2) http://osono.sblo.jp/article/60412475.html
 ロスト in 深セン(3) http://osono.sblo.jp/article/60412535.html
 ロスト in 深セン(4) http://osono.sblo.jp/article/60412591.html
 ロスト in 深セン(5) http://osono.sblo.jp/article/60412530.html
 ロスト in 深セン(6) http://osono.sblo.jp/article/60412500.html

◆高鉄の駅は空港に比べてダウンタウンに近い。上海虹橋站は例外で、空港と駅とがくっついているのでどちらも変わらないけれども、たいていの都市では駅のほうが空港よりアクセスがずっと便利。天津站なんて市のほぼ中心だし、天津西站も地下鉄ですぐ。市内から南京空港へ地下鉄でいくためには、南京南駅で乗り換えなければならない。

◆僕が高鉄がいいと思う一番の理由は、特等座がとっても快適であることだ。商務座のシェルフラット・シートはすごく楽だけど、やっぱり料金がちと高い。飛行機のディスカウントチケットの2倍以上と思うと躊躇してしまう。一方で特等座。シートは1等とほぼ同じ(日本の新幹線のグリーンとほとんど同じ)だけど、列車編成の最前部または最後部の細くなっている部分のためだろう、2人掛けシートと1人掛けシートの横3列で、1人で予約すればたいてい1人掛けシートが割り当てられるので、隣の席の人にわずらわされることがない。特等座のエリアは他のエリアとガラスで仕切られており、座席数は8席または9席しかない。空いていることが多く(自分ひとりしか乗っていないことも少なくない)、いつも非常に静かだ。それなのに料金が1等とほとんど変わらない。加えて、電源がある。飛行機と違ってインターネットも使えるので、PCを使ってばっちり仕事もできる。

◆所要時間は、上海から天津へ行っても時速300km超で突っ走るので5時間台。5時間なんて、パソコン使って原稿を書いていれば一瞬だ。

◆そしてなにより、鉄道ならまず死ぬことはないという安心感。事故があっても乗客全員が死ぬなんて考えられない。一方で飛行機なら、落ちればまず死ぬ。

5才の息子のために、僕はまだまだ死ねぬ。

posted by osono at 01:20 |

2016年06月04日

南京美麗宮の夕陽とリース=ロス・蒋介石会談

P5250286.JPG1935年中国幣制改革をサポートするためにロンドンよりやってきた英大蔵省のフレデリック・リース=ロスが自叙伝“MONEY TALKS”のなかで、仕事を終え中国を離れる直前に蒋介石と会ったときのことを次のように書いている。

I found him sitting on a very ordinary kitchen chair, in the garden of his villa at Nanking, watching the sun set, completely relaxed. After greeting me, we went inside......


P5250293.JPGこの部分を読んで、いま書いている長編のなかでこのシーンを再現したく思い、さっそく南京の蒋介石官邸「美齢宮」へ行ってみた。

紫金山の麓にある美齢宮は緑に覆われており、美麗がプライベートで使いまくっただろうビュイック(上から一番目の写真)や、夫婦の寝室(上から二番目の写真)、数々の要人との会見を行ったという応接室(上から三番目の写真)などがあり、大変興味深かったのだけど、一通り見終わったあと「あれ?妙だぞ」と思った。


P5250287.JPG建物二階の南側に接客用のダイニング・ルームがあって、その南側に大きなバルコニーがあるのだけど、そこに椅子を置いてのんびりと夕陽を眺めている姿を想像することができないのだ。このリース=ロスと蒋介石との会見は1936年6月上旬で、太陽が一年で最も北寄りに沈む頃だ。すると、バルコニーの西側の角で乗り出すようにしないと建物に隠れて日没が見えないはずなのだ。おかしいぞ。

外から建物の西側部分を見てみると、三階に小さめのバルコニーがあるようだ。「なるほど。あそこかぁ」と思って三階に戻ってみたのだけれども、バルコニーにつながっている部屋は公開されておらず、バルコニーの様子を確認することはできなかった。

P5250301.JPGそれにしても妙なのは、三階は蒋介石、宋美齢のプライベートなエリアであるようなのに、来客を三階のバルコニーに招き入れたようだということ。三階の西向きのバルコニーからは紫金山の緑の中に沈んでいく美しい夕陽をバッチリ見られただろうし、リース=ロスが「全く普通のキッチンの椅子に座っていた」と表現しておりプライベートのキッチンから椅子を引っ張り出してきたと思われることから、上記のシーンが三階バルコニーであったことは間違いなさそうなのだけれども。

そんなことを考えつつ一階に降りて建物の全体図(上から四番目の写真)を見ると、三階の開放されていない部屋にはどうやら応接セットが置かれていたようだ。

蒋介石は、来客を寝室もあるプライベートなエリアに入れて、美しい夕陽を見せ、そのあとにバルコニーのすぐ横の応接セットで会見をすることにより、来客の心をがっしり掴む演出をしていたのかもしれない、と想像を膨らませてみた。

image.jpegところで美齢宮、空から見た姿がすごい。上から五番目の写真は古い空撮写真らしい(色は着色したのかな)。緑の屋根の美齢宮と道路と街路樹とを空からみると、緑の宝石を飾ったネックレスのように見える(ネットで「美齢宮」で画像検索すると街路樹だけが黄色くなったネックレスとしかいいようにない写真が載っており、思わず「すげぇ」と言いたくなる)。たまたまなんじゃないの、とも思うけれども、美齢宮が竣工した1934年といえば中国空軍の黎明期であり、宋美齢は1936年に中国空軍の責任者に就任していることから、美齢は飛行機好きで、そんな美齢のために蒋介石が空から見てみなければわからない仕掛けをした、ということは十分に考えられる。

(ちなみに冒頭のMONEY TALKSの一節。そのあと、美齢の通訳がうさんくさいという話につながっていく)
posted by osono at 17:15 | 著作