2018年02月15日

カレンシー・レボリューション〜エコノミストたちの挑戦

cres.jpg昨年刊行した『小説集カレンシー・レボリューション』の表題作に『エコノミストたちの挑戦』というサブタイトルを付けて電子書籍化しました。

単行本未読のかた、ぜひダウンロードしてみてください(Kindle Unlimitedでなら無料です)。

詳細はこちら↓
カレンシー・レボリューション〜エコノミストたちの挑戦
(立ち読みもできます)


posted by osono at 18:47 | 著作

2018年02月01日

ステーツマン〜宋子文1927刊行

sms.jpg昨年刊行した『小説集カレンシー・レボリューション』収録作品について、そのうち『上海ノース・ステーション』については以前から電子版があったのですが、他の2作品についても電子書籍化することとしました。

まず、『ステーツマン』電子版を刊行しました。

ステーツマン〜宋子文19271


Kindle版250円ですが、Kindle Unlimitedで無料で読むこともできます。

なお、本作品は以下のページで立ち読みできます。
  • 1段落目〜

  • 61段落目〜

  • 121段落目〜

  • 181段落目〜

  • 241段落目〜

  • 301段落目〜

  • 361段落目〜

  • 421段落目〜

  • 481段落目〜

  • 541段落目〜

  • 601段落目〜

  • 661段落目〜

  • 721段落目〜

  • 781段落目〜

  • 841段落目〜

  • 901段落目〜

  • posted by osono at 17:34 | 著作

    2017年12月31日

    SSF(ソーシャル・サイエンス・フィクション)ショートショート連載

    東洋経済オンラインにて、ホリディ企画ということで、大晦日まで毎日一本ずつショートショートを連載させてもらえることとなりました。

    第1回目は2017年12月28日掲載。シェアリング・エコノミーを題材にした男女の恋の?物語
    【あらすじ】各種シェアリング・サービスを利用する百貨店店員のメイ。望みは一刻も早く金持ちの男をつかまえ生活の苦境を脱すること。カツタは悠々自適の資産家で、とあることからカープールを利用し、メイと出会った。カツタは一目でメイに引かれ、なんとしてでも彼女の心をつかもうとする。カツタはメイに結婚を申し込み、メイは承諾しかけたのだが……。

    第2回目は2017年12月29日掲載。法定デジタル通貨について
    【あらすじ】政府・日銀は法定デジタル通貨eエンを導入し、日銀券は強制通用力を失った。1年間のeエンと円との等価交換期間が終了した。eエン導入により損を被った元相場師と元銀行員、振り込め詐欺師の3人は、日銀券は今後も使われ続け、その価値が上がっていくと予想し、日銀券の買い仕掛けを開始する。思惑どおり円の対eエン価格は上昇するのだが・・・。

    第3回目は2017年12月30日掲載。ベーシック・インカムについて
    【あらすじ】ベーシック・インカムが導入され、国民であれば誰でも1人10万エンが支給されることになった。懸念された財源問題は税制の調整とヘリコプター・マネーにより解決された。小説家を目指す僕は、もうカネのために働く必要はないと喜び会社を辞めて作家業に専念したが、思うように筆が進まない。一方で妻は次から次へと習い事を始め、家計は危機に……。

    第4回目は2017年12月31日掲載。テーマは理想の税制
    【あらすじ】理想の税制を導入するという夢を果たせず世を去った父は、その想いを手紙にしたため4人の子どもたちに託した。子どもたちはそれぞれ父から与えられた大掛かりな計画を実行してゆく……理想の税制への思いは時空を超えて……

    posted by osono at 17:47 | 著作

    2017年05月09日

    「小説集 カレンシー・レボリューション」上梓!

    しばらくぶりの新作「小説集 カレンシー・レボリューション」刊行です。

    詳細はこちらへどうぞ↓
    http://www.ozcapital.jp/pub/cr/

    (アマゾン https://www.amazon.co.jp/dp/4434232630/ では明日5月10日から先行販売されます)

    posted by osono at 22:07 | 著作

    2016年07月25日

    小野寺信・百合子夫妻と鄭蘋茹

    NHKで7月30日に小野寺信・百合子夫妻のドラマが放映されるそうで(終戦スペシャルドラマ 百合子さんの絵本〜陸軍武官・小野寺夫婦の戦争〜

    ドラマでは夫妻の終戦間際のスウェーデンでの諜報活動が中心に扱われるようだけど、太平洋戦争開戦直前には小野寺信は単身赴任で上海にいて、日中間の和平工作に従事していた。小野寺はこの上海駐在中も十分にドラマになり得るような活動をするのだけど、そのあたりのことを拙著「上海エイレーネー」のなかで結構詳しく書いた。

    小野寺が上海に赴任した経緯について、「上海エイレーネー」P198から引用してみると。。。
     一九三八年十月には、陸軍の小野寺信中佐が上海に着任し、いわゆる小野寺機関を立ち上げた。
     小野寺はロシア畑の人間で、バルト三国の公使館付武官を勤めたのち、六月より参謀本部ロシア課に勤務していた。
     ソ連および共産主義の南下に対する防衛は日本にとって極めて重要な課題で、中でもロシア課では危機意識が強く、ロシア課は、中国との戦いは本来対ソ連・対共産主義のために温存すべき国力の浪費以外のなにものでもないと考えていた。しかし参謀本部の支那課中心で進められてきた和平工作は遅々として進まない。未だなんら成果を得られないうちに開戦より一年以上が経ってしまっており、ロシア課の危機意識は大きくなる一方であった。
     ロシア課は、一刻も早い中国との戦争終結を目指し、自らも中国関連情報を収集・分析する機関を持つことが必要と考えた。そこで、欧州駐在により国際情勢に対する感覚も磨いていた小野寺を上海に送り込んだのである。


    小野寺の容姿について、「上海エイレーネー」の主人公趙靄如は
     小野寺の丸い顔は、四十を過ぎた年齢には全く似つかわしくないくらいに幼く見えた。丸い眼鏡と丸い体型も相まって、なんだか愛嬌のある人だ、と靄若は思った。
    と言っている。

    小野寺は上海着任時、「日中和平実現を目指せ」との命を受けてはいなかったが、上海赴任直後から約9か月にわたって積極的な和平工作を行った。小野寺は約50年ののちに自分の一生を振り返って妻百合子に向かって「あれほど心血を注いで張り切って働いたことはなかった」と語っており、すなわち彼にとってこの時期はNHKがドラマにするスウェーデン時代以上に熱い日々だったようだ。

    その小野寺がなぜ「上海エイレーネー」にでてくるかというと、この小説の主人公のモデル、鄭蘋茹(ZhenPingru・テンピンルー)が小野寺が上海で立ちあげた小野寺機関で一時期通訳や翻訳のバイトをしていたから。鄭蘋茹は日本軍の情報が欲しくて小野寺に接近し、小野寺も鄭蘋茹がスパイであると知りつつも、中国国民政府への橋渡しをしてくれれば、と期待して彼女を雇用した。鄭蘋茹はバイトでありながらも結構大事な仕事もしたようで、軍事委員会調査統計局(国民政府の特務機関)の実質的なトップである戴笠(ダイリー)を小野寺に紹介したりもしている。小野寺は蒋介石の側近である戴笠に会えば蒋介石への直接交渉の道が開けると考え喜んで会ったが、実際にはその男はニセモノだったようだ(鄭蘋茹は事前にニセモノであることを知らなかったようで、つまり彼女も騙されていた)。

    小野寺は蒋介石との直接交渉によらねば戦争の回避はできないと考えたが、汪兆銘を中心とする傀儡政権立ち上げによる和平をめざす同じ陸軍内の支那課と対立する。支那課の中心人物が謀略の天才、影佐貞昭(自民党の谷垣禎一さんの母方祖父)で、小野寺と影佐の間で熾烈な戦いがあって、鄭蘋茹もそれに巻き込まれる。結局小野寺が影佐に負けるのだが、このときもし小野寺が勝っていれば、その後に破滅に向かった日本の歴史は大きく異なるものとなっていたに違いない(ちなみに「上海エイレーネー」のなかでは、この二人の争いのとばっちりで主人公は恋人と別れることになる)。

    aaaa.jpg小野寺と影佐の活動以外にも複数の和平工作が上海を舞台に行われ、それは壮大なドラマなのだけど、そのあたりは拙著「上海エイレーネー」に結構詳しく書かれているので、ぜひご一読を。

    あ、そうそう。NHKドラマの主人公、小野寺信夫人の百合子も「上海エイレーネー」のなかにでてくる(P298〜P299)。夜中にこっそり家を抜け出したことが夫にばれるのだが、実はその時百合子は夫の和平工作成功を祈って目黒区八雲の氷川神社にお百度参りに行っていた(この挿話は百合子手記に基づく史実)。

    posted by osono at 10:48 | 著作

    2016年07月06日

    瓦氏夫人(5)

    3ヶ月ほどほかのものを書いていたので瓦氏夫人についての記事が滞ってしまった。

    で、どこまで書いたかというと、瓦氏夫人の夫、岑猛が死ぬところまで。

    瓦氏夫人のことを紹介するといいつつ、ここまでは岑猛のことばかりを書いてきている。さてようやく瓦氏夫人の華々しく躍動感のある業績を書きたい、と思うのだけれども、実はまだどろどろした相続争いのことを書かなくてはならない。

    岑猛の乱のあと、朝廷は田州を田寧と田州に分けることとし、田寧には流官(中央政府から派遣された官吏)を置き、田州は豪族の盧蘇が後見する岑猛の四男、邦相を土官とすることとした。ところが。。。

    『明史』によれば、
    邦相の兄邦彦(岑猛の次男)には芝という子があった。(岑芝は)祖母の林氏(岑猛の妾)と瓦氏と同居し、官より養田を与えられていた。その後、邦相は廬蘇(田州の有力な豪族)の専擅(せんせん。勝手にふるまうこと)を憎み、頭目の盧玉らと密かに謀り廬蘇と岑芝を誅殺しようとした。盧蘇は(事前に)これを知った。邦相は二氏(林氏と瓦氏のこと)の養田を削った。二氏は盧蘇と連合し謀議し、岑芝を梧州に走らせ、軍門(明朝の総督)に危急を告げさせた。また盧蘇は岑芝のために、人を使って邦相を刺殺してよいかと上疏した。邦相はこれを知り、刺客を殺害した。しかし盧蘇は伏兵を使って盧玉等を殺し、兵をもって邦相の家を囲み邦相を誘い出した。夜に乗じて瓦氏はこれを絞め殺した。


    つまり、瓦氏は、田州を継いだ四男邦相に疎んじられていた豪族の盧蘇と組んで、邦相を排除し次男邦彦を擁立したのだった。

    これが嘉靖13年(1534年)9月である。そしてその直後、これに不満の豪族たちが長男邦佐を擁立しようとするのだが、これは失敗に終わり、岑芝が田州を継ぐこととなる。

    まだまだ続く。。。予定だったのだけれども、小説の方が書き終わったので、あとはそちらをご覧いただきたい。

    瓦氏夫人〜倭寇に勝ったスーパーヒロイン


    posted by osono at 14:44 | 著作

    2016年06月04日

    南京美麗宮の夕陽とリース=ロス・蒋介石会談

    P5250286.JPG1935年中国幣制改革をサポートするためにロンドンよりやってきた英大蔵省のフレデリック・リース=ロスが自叙伝“MONEY TALKS”のなかで、仕事を終え中国を離れる直前に蒋介石と会ったときのことを次のように書いている。

    I found him sitting on a very ordinary kitchen chair, in the garden of his villa at Nanking, watching the sun set, completely relaxed. After greeting me, we went inside......


    P5250293.JPGこの部分を読んで、いま書いている長編のなかでこのシーンを再現したく思い、さっそく南京の蒋介石官邸「美齢宮」へ行ってみた。

    紫金山の麓にある美齢宮は緑に覆われており、美麗がプライベートで使いまくっただろうビュイック(上から一番目の写真)や、夫婦の寝室(上から二番目の写真)、数々の要人との会見を行ったという応接室(上から三番目の写真)などがあり、大変興味深かったのだけど、一通り見終わったあと「あれ?妙だぞ」と思った。


    P5250287.JPG建物二階の南側に接客用のダイニング・ルームがあって、その南側に大きなバルコニーがあるのだけど、そこに椅子を置いてのんびりと夕陽を眺めている姿を想像することができないのだ。このリース=ロスと蒋介石との会見は1936年6月上旬で、太陽が一年で最も北寄りに沈む頃だ。すると、バルコニーの西側の角で乗り出すようにしないと建物に隠れて日没が見えないはずなのだ。おかしいぞ。

    外から建物の西側部分を見てみると、三階に小さめのバルコニーがあるようだ。「なるほど。あそこかぁ」と思って三階に戻ってみたのだけれども、バルコニーにつながっている部屋は公開されておらず、バルコニーの様子を確認することはできなかった。

    P5250301.JPGそれにしても妙なのは、三階は蒋介石、宋美齢のプライベートなエリアであるようなのに、来客を三階のバルコニーに招き入れたようだということ。三階の西向きのバルコニーからは紫金山の緑の中に沈んでいく美しい夕陽をバッチリ見られただろうし、リース=ロスが「全く普通のキッチンの椅子に座っていた」と表現しておりプライベートのキッチンから椅子を引っ張り出してきたと思われることから、上記のシーンが三階バルコニーであったことは間違いなさそうなのだけれども。

    そんなことを考えつつ一階に降りて建物の全体図(上から四番目の写真)を見ると、三階の開放されていない部屋にはどうやら応接セットが置かれていたようだ。

    蒋介石は、来客を寝室もあるプライベートなエリアに入れて、美しい夕陽を見せ、そのあとにバルコニーのすぐ横の応接セットで会見をすることにより、来客の心をがっしり掴む演出をしていたのかもしれない、と想像を膨らませてみた。

    image.jpegところで美齢宮、空から見た姿がすごい。上から五番目の写真は古い空撮写真らしい(色は着色したのかな)。緑の屋根の美齢宮と道路と街路樹とを空からみると、緑の宝石を飾ったネックレスのように見える(ネットで「美齢宮」で画像検索すると街路樹だけが黄色くなったネックレスとしかいいようにない写真が載っており、思わず「すげぇ」と言いたくなる)。たまたまなんじゃないの、とも思うけれども、美齢宮が竣工した1934年といえば中国空軍の黎明期であり、宋美齢は1936年に中国空軍の責任者に就任していることから、美齢は飛行機好きで、そんな美齢のために蒋介石が空から見てみなければわからない仕掛けをした、ということは十分に考えられる。

    (ちなみに冒頭のMONEY TALKSの一節。そのあと、美齢の通訳がうさんくさいという話につながっていく)
    posted by osono at 17:15 | 著作

    2016年06月02日

    山海関

    いま書いている長編のオープニングを河北省山海関に設定したので、ちょこっと行って見てきた。

    物語では1935年に中国で実施された通貨制度改革を扱っている。当時アメリカでは、銀算出業界の要請に応じて大統領が銀価格を吊り上げていた。銀本位制度を採用していた中国では銀価格が上がればそれに並行して自国通貨高となる。極端な元高が発生し、ために中国はひどい不況に陥っていた。そこで銀の輸出に課税して銀の国内価格を海外での価格に比べて安く抑えることにした。銀の国内価格は国際価格の約半分となった。その結果、密輸が横行した。

    その銀密輸の舞台となったのが山海関。山海関の北側はもう満洲国で、日本人も中国人も、せっせと銀貨や銀塊を満洲国へ持ち出した。小さめのトランクに2000枚の銀貨(だいたい50kgくらいになる)を詰めて国境を越えれば、銀貨1枚=1元は現代の日本円で1000〜2000円の価値があったので、トランク1個で数百万円相当の儲けになった。

    山海関の長城の北側には満洲中央銀行の支店があった。密輸されてきた銀を買い取るために設置された支店である。一国の中央銀行が密輸に加担していたんだから、まあひどい話だ。

    image.jpegさて、山海関はちょっと前まで万里の長城の東の端っこといわれていたところ(いまは遼寧省の虎山長城が東端とされている)。写真は長城が海に落ちる老龍頭で、すなわち東の端っこの山海関のなかの東の端っこ。海にはみ出して長城がつくられている。


    image.jpegで、で、でかいね。まさに中国という感じ。写真は山海関の正門ともいうべき「天下第一関」。老龍頭から5kmほど内陸になるのだけど、むかしは老龍頭からここまで長城が連なっていた。


    image.jpegそして山海関駅。満洲国との境の駅ということで数々の小説にも描かれている。おそらく駅も線路も場所は1930年代から変わっていない。張作霖も爆殺される直前にこの駅に立ち寄ったはず。『カレンシー・ウォー』を書いている時に読んだ資料の中に、1938年に大蔵省の財務官以下3人が北京へ赴任するため山海関駅に立ち寄り、税関検査のために荷物をいったんプラットフォームにおろしたら、汽車が走り出して焦った、ということが書いてあった。そんな事件もこの写真の奥のほうに写っているプラットフォーム上でのできごとだ。

    冒頭で、(山海関に)「ちょこっと行って見てきた」と書いたけど、つまりは日帰りで行ってきたということ。僕は結構汚いところへも平気で行けるけど、夜寝るところだけはきれいなところにしたい。そこで天津に宿泊して日帰りすることにした。高鉄で天津から山海関へはわずか1時間ちょっとで、かつ頻繁に便があるので楽チンだった。
    posted by osono at 23:36 | 著作

    2016年03月16日

    広西壮族自治区の田陽→靖西→南寧とまわって

    12032802_964377920304838_6342308167032552883_o.jpeg

    不安。。。
    これから香港→広州で用を済ませたあと広西壮族自治区の田陽→靖西→南寧とまわって上海へ。半年前、同様にあちこちまわって疲労のため肺炎になった記憶がよみがえるぅ。ちなみに田陽は旧田州府で瓦氏夫人の嫁ぎ先、靖西は旧帰順州で彼女が生まれ幼少期を過ごした場所。
    posted by osono at 00:00 | 著作

    2016年02月19日

    朱紈(しゅがん)倭寇の海英傑列伝 出来!

    倭寇について書こうと思いたってから2年も経ったのに、書きたいことが多すぎていつまでたっても本にできないので、いくつかの物語に分割しシリーズモノとすることとしました。

    その導入作品として、短編小説『朱紈』を本日発行しました。

    zhuwans.jpg朱紈(しゅがん) 倭寇の海 英傑列伝
     http://www.amazon.co.jp/dp/B01BXLHW78
     税込250円
     約92ページ(短編というより中編というべきかな?)
     電子版のみ
    「16世紀の中国沿海で吹き荒れた倭寇の嵐、いわゆる嘉靖大倭寇に最初に挑んだ英傑、朱紈の物語。義に従い、おのが身に迫る危険を顧みず、東洋一の密貿易基地で海賊の巣窟、双嶼を攻略する」

    朱紈はちとマイナーですけれども偉大なひとです。ぜひ読んでみてください。

    さらに、海商『王直』、名将『戚継光』、倭寇相手に奮戦したチワン賊女性『瓦氏夫人』、明軍を手玉にとった大友氏の僧侶『善妙』等について書き、『倭寇の海 英傑列伝』という連作にしようと思っています。長編は紙で出版し、今回のような短編はまず電子版で出し、複数の短編をまとめて書籍化する予定です。
    posted by osono at 15:54 | 著作