2019年04月16日

『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』脱稿!

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ああ、ついに「完」の文字を書くことができた!
『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』、ついにひととおり書き終わった。単行本で548ページ相当。まだこれからたっぷり推敲しなくちゃいけないけれども、とりあえずは爽快感・達成感。
本当に辛かったぁ。広西に取材にいったのはいつだったかな、とFBでたどってみると、なんと3年前。3年以上書いていたのか。ああ長かった。。。明代(約500年前)の話なので古文献を読解するのがキツかった。特に『明実録』。テンとかマルがなくてどこで切れるのかが分からず無茶苦茶苦労した。。。書いてる途中で果たして面白くなるのか、物語としてまとまるのか、すっごく不安だった。最後まで書けなかった場合多大な時間が無駄になると、マジ泣きそうだった。。。長い長い出口の光がなかなかみえないトンネルを、ときおり車に追い越されながら、トボトボと歩いているような感じだった。。。
posted by osono at 10:45 | 著作

2019年04月15日

長奶夫人??

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主人公花蓮のモデルである瓦氏夫人について、なにしろ500年前を生きた人なので、伝承や史料のなかには「ほんとかなぁ」と思ったり、「いやいやいや、そんなわけないでしょ」とツッコミたくなるものが結構ある。その一部は小説中になんとかリアリティが出るよう工夫して採用したけれども、バッサリと落としてしまったものも少なくない。

例えば「長奶夫人」、すなわち、瓦氏夫人は乳房が極端に長かったという伝承。騎馬で出撃するときに乳飲み子を背負い、背中の子が泣くと馬を駆ったままで乳房を出して乳をやったという話。これは伝承というより伝説もしくは神話といったほうがいいかな。瓦氏夫人には実子はなかったと思われ、あったとしても領主夫人なのだから乳母がいただろうし、そもそもゴムゴムの実でも飲まずに乳房がそんなに長くなるとは思えないし。中国の他の地域でもこの手の話が語り継がれているようだから、これは女性の武勇を表現するための形容詞のようなもので、500年の年月が流れるうちにいつのまにかに稀代の英雄瓦氏夫人にもあてはめられてしまったのだろう。

でも、非現実的というだけでなく、なんか美しくないので物語中には採用しなかった。

(つづく)

花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語
(5月末にかけて連載中。7月頃まで無料公開予定)




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2019年04月10日

『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』連載中4

「花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語」。第1章第3節「勢力拡張」を連載中です。本日にかけて王陽明との出会いのシーンが掲載されました。昨年の一時期陽明学について勉強し、陽明学が難解なため結構苦労して書いた部分です。知の巨人でありながら天才的軍略家でもある王陽明。諸葛孔明に勝るとも劣らないスーパー・ヒーローなのですが、その業績はあまり知られてはいませんよね。ぜひ紹介したいとも思い書きました。「寧波の乱1」あたりからの数話をぜひ読んでみてください。
posted by osono at 00:00 | 著作

2019年03月15日

『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』連載中3

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『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』第1章第1節「流亡」の掲載完了し、本日より第1章第2節「復興」の掲載始まりました。
第1節第3話の「恋を語る歌の祭りで」は、幼少期の主人公花蓮とのちの覇者岑猛の交流の話で、戦記が多い本作のなかでの数少ないほのぼのストーリーです。広西チワン族には、未婚の女性が歌いながら手作りの刺繍の鞠を意中の男性に放り、男性がそれを受け止めれば結婚を前提とした交際が始まるという優雅な習慣があるのですが、本話ではそれを取り入れています。
恋を語る祭りで
posted by osono at 10:40 | 著作

2019年03月10日

『花の舞う海〜倭寇に勝った女』連載中2

帰順州

『花の舞う海〜倭寇に勝った女』、第5話まで掲載しました。写真は3年前に帰順州(現広西靖西市)で撮影したものをイラスト風に加工したものです。第1話で天真爛漫の幼女花蓮と、のちの広西右江流域の覇者岑猛がこの場所で出会います。この景色があまりにすばらしかったので「オープニングはここにしよう」とすぐに決めました。才能のない僕はストーリーを生み出すのに結構苦労するのですが、この第1話の場面だけは瞬間的に浮かんだことをいまでも覚えています。

第1話「裸の少女が翔んだ」
posted by osono at 10:36 | 著作

2019年03月07日

花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語

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本日よりアルファポリスにてペンネームで『花の舞う海〜倭寇に勝った女の物語』の連載を開始しました(5月末日まで毎日連載)。

16世紀の広西壮族のスーパーヒロイン瓦氏夫人をモデルとして描く大河小説、リアル『ムーラン』です。

ここ3年書き続けていたもので、大変苦労して書いたものなので果たしてこういう形で世に出すべきなのかどうか結構悩んだのですが、なにはともあれ読んでもらわなくてはしょうがないので、ウェブに載せてみることにしました。

ぜひみなさん、読んでみてください。

ウェブ掲載でありいくらでも修正できますので、誤字脱字はもちろん、「内容、こうしたほうがおもしろいんじゃない」といったご意見も大歓迎です。

5月にアルファポリスが主催する『第5回歴史・時代小説大賞』にこの作品でエントリーする予定です。みなさんの票が必要なようなので、5月になったらぜひお願いいたします!
posted by osono at 00:13 | 著作

2018年12月17日

ショートショート(2)

引き続きペンネームでWeb小説サイトにショートショートを書いています。
脳のコピー&ペースト』 
KADOKAWA主催「カクヨムWeb小説短編賞」に本作品をエントリーしています。(ログインが必要となりうっとうしいかもしれませんが)リンク先で星を付けていただけると嬉しいです。
posted by osono at 23:08 | 著作

2018年11月09日

チワン族(壮族)の文化人類学研究者みたいになってきた

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最近チワン族(壮族)の文化人類学研究者みたいになってきた。でも小説(壮族の英雄で倭寇と戦い勝利した瓦氏夫人の物語)はまだ書き上がらず。来年3月までに脱稿しなくてはならないのに。。。
posted by osono at 00:00 | 著作

2018年11月08日

ショートショート

最近ペンネームでweb小説サイトにショートショートを掲載しています。

父から息子へ 時空を超えてつなぐ
(あらすじ)15年間会っていなかった親父が2ヶ月前に死んだことを知った。親父のPCを立ち上げると、そこにはぼくが生まれる一週間前から今に至るまでの家のなかの様子が映し出されていた。それらは録画ではなく、宇宙を旅してくる光が昔の姿をそのまま映し出す、いわば生放送だった。ぼくは時間旅行の旅に出て、親父のぼくに向けた想いを知る。そして親父の最後の日、親父がメッセージを伝えた……

究極の税制
(あらすじ)財政省の地下2階で密かに導入準備が進められている「包括税」。国民の銀行口座残高、病歴、勤務評定、電話やメールなどの全通信内容等を収集し、それらから算出される個々人の幸せの度合い=H指数をもとにして課税をおこなう新税だ。入省8年目の幸太郎は包括税部第一課で不幸な個々人にささやかな幸せを与える仕事を担った。続く第二課では、逆に個々人の幸せを削ぐ仕事を担当し、第三課では国民全体を幸せにする仕事を担う。次に配属されるであろう第四課では国民全体を不幸にする仕事を担わなくてはならないと気づき……

素顔のままで
(あらすじ)自分の顔が自動的に補正されて美しく写るプリクラが登場したのはずいぶんと昔のこと。その機能はあらゆるカメラに搭載され、ビデオカメラでも可能となり、鏡に映った姿までもが自動的に補正されるようになった。最近では窓ガラスにまで美しく映る機能が装備されるようになっている。このところ若い女性は、ディスプレイ越しならば理想の容姿となれるので、家族以外に素顔を晒すことを避けるようになった。街から女性がいなくなり、出会いがなくてうんざりしている僕は、ある日バーチャルな婚活パーティーに参加した……

posted by osono at 22:34 | 著作

2018年03月14日

傾国の美女とは〜宋慶齢記念館で見つけた一瞬の笑顔

『小説集カレンシー・レボリューション』収録の中編小説『ステーツマン』を電子書籍化するにあたり原稿を見直していて、

(宋慶齢の描き方、直そうかなぁ)

とふと思った。

abcde.jpg一昨年『ステーツマン』を書いていたとき、宋慶齢が(おそらく)十代前半の頃に家族と一緒に写っている写真(右の写真)を見て、慶齢(前列右)が姉の靄齢(前列左)や妹の美齢(後列右)に比べて圧倒的に可愛い、と思って、慶齢を傾国の美女に、姉靄齢はその美を羨んでいる、と物語中で設定した。で、いま読み返してみると、慶齢が登場するたびになんだか翳がある。慶齢の美しさを表すためには笑顔のシーンがあったほうがいいかも、と思ったのだけど、そういえば慶齢が笑っている写真って見たことがない。そこで、宋慶齢記念館に行って笑っている顔を確認してみることにした。

ところが、ない。一枚も、ない。少女の頃も晩年も笑っている顔が全然ない。特に孫文が死んでから数年の期間(≒ 年齢的にもっとも美しかった頃)はしかめっ面ばかり。笑って写真に写ってはいけないと思っていたのか。常にとても笑えないような気分だったのか。もともとほとんど笑わないひとだったのか。

なかば諦めつつ、1927年に武漢の左派国民党が蒋介石に破れて崩壊したあと、武漢を離れて上海を経由しモスクワにはいった慶齢の短いビデオが上映されていたのでそれを眺めていたら、

あっ、笑った!

一瞬だが笑っている顔が映っている。

それがこちら。

か、かわいい!

aa.jpg河北麻友子に似てる?

笑ったというより、はにかんでいるって感じかな。頬が痩けて見えるのは極度の心労と、長く経済封鎖されていた武漢は食料が不足していたためなのだろう。なんだか痛々しい。

ところで、笑わない美女といえば褒姒。周王朝をぶっ壊したひと。ぶっ壊したといっても、むろんそれを主導したわけではなく、彼女を好き過ぎた幽王が勝手に国を壊してしまったわけで、悪者に仕立てられた彼女は実はかわいそうなひと。

しかめっ面の美女といえば西施。彼女の顰に寄せた皺に呉王夫差は狂い、国を潰してしまった。

ほんとうに美しいひとは笑わなくたって美しい。そして、稀に見せる笑顔で悩殺し、男は悶死する。

慶齢についての模写を修文するのはやめた。


宋慶齢の美しさと悩みの深さを覗きみたいひとは、ぜひ『ステーツマン』を読んでみて。



82BF9B67-AE97-43BF-A775-283C937FB678.jpeg宋慶齢陵園内の宋慶齢記念館。虹橋からすぐなのに静かでかなりオススメ。内山完造の墓とかもある。






posted by osono at 00:20 | 著作