2012年12月18日

重慶抗戦遺址博物館へ(1)

蒋介石の国民政府が南京を逃れ重慶にこもったあと、国民党の幹部は重慶市の南西郊外の山間に隠れるように住んだ。

今そこは「重慶抗戦遺址博物館」として公開されている。

市内の観光地ではないので、どうやって行くか、まずそれを考えなくてはならなかった。

普通ならタクシーで行くところだが、ホテル周辺で流している車が少なく、また、尖閣問題以来の対日感情悪化を考えると、タクシーで未知の場所まで行き、そこで運転手を待たせて同じ車で帰ってくるというのも、なんだか気が重かった。

ではホテルで車をチャーターしてしまおうかとも思ってコンシェルジェに値段を訊いてみると、ずいぶんと高いことを言う。

ウェブで調べると、384番のバスが重慶抗戦遺址博物館の正門前に止まることがわかった。さらに調べてみると、なんとそのバスはホテルのすぐそばを通る。目的地に行ける唯一の路線バスがホテルのそばを通るなんて、なんてツイているのだろう、と思い、結局バスで行くことにした。

市外へ向かう路線バスなど本数は少ないに違いないと思い相当に待つことを覚悟していたのだが、停留所について2分もしないうちにバスがやって来た。

しかし、いいことが続くと、なぜか、そのあとには悪いことがあるものである。乗客の数がだんだんと増え、やがてまっすぐに立っているのもしんどいくらいになってきた。

さらに、バスが死んだ。停留所で止まって、エンストしたかと思ったらエンジンがかからなくなった。

エンジンが止まってから数分が経ち、これはだめだな、と思い始めていたのだが他の乗客は辛抱強く出発を待っている。

僕は後ろの窓からバスの後方を見ながら、
(タクシーが来たりしないかなぁ)
と思っていた。

二つの悪いことが続いたので、次はいいことが発生する番なのか、フロントグラスに「空車」の文字を点けたタクシーが近づいてきた。僕は乗客を押しのけてバスの外に飛び出し、そのタクシーをつかまえた。

ところが、その次にはいいことは続かなかった。それどころか、最悪と言ってもいいことが発生した。

重慶抗戦遺址博物館が维修(修繕)のためクローズしていたのだ!

(この話の続きは、また明日)

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