2012年04月26日

孟郊 登科後

このブログのタイトルである“春風得意”。

意味は“順風満帆”といったところ。

前の会社をやっていて、ブログを始める時、ビジネスが万事順調であるように、との願いからこのタイトルにしたのであった。

ビジネスでは、ボールを余計に30ヤード先まで運んでくれるフォローの風が吹き続けた、などという楽な思いをしたことは一度もなかったが、今でも好きな言葉であり、新ブログのタイトルでも掲げることにした。

キィーワード「春風得意」で検索すると、ヤフーでもグーグルでも僕の旧ブログが最上位にくる。前の会社で中国の都市名で自社サイトが何位にくるかで一喜一憂していた身からすると、これは結構嬉しいこと。

さて、春風得意。

唐代の孟郊(715年〜814年)の七言絶句「登科後」に出てくる。

昔日龌龊不足夸 Xi1 ri4 wo4 chuo4 bu4 zu2 kua1
今朝放荡思无涯 Jin1 chao2 fang4 dang4 si1 wu2 ya2
春风得意马蹄疾 Chun1 feng1 de2 yi4 ma3 ti2 j12
一日看尽长安花 Yi1 ri4 kan1 jin3 chang2 an1 hua1

かつて忙しかったことなど自慢にはなりはしない
この朝のすがすがしいきもちは果てしがないほどだ
春風をいっぱいに受け、馬のひづめもかろやかだ
まる一日長安の花を見つくすぞ

孟郊は何度も何度も科挙の試験に落ち、五十に手が届く年令になってついに合格を果たした。その時の嬉しい気持ちをあらわしている。まさに同年代の僕にとって、なんとも共感を覚える詩なのである。

「龌龊」は、フォントを大きくしなければどういう字なのかわからないほど複雑だが、ちゃんと日本語になっており、キィーボードで「あくせく」と打ってスペースキィーをたたけば「齷齪」に変換される。

「夸」は「誇」。自慢すること。

「放荡」は、むろん放蕩息子の「放蕩」。

「看尽长安花」。長安の王族・高官の屋敷に咲く満開のボタンをとことん見てやろうじゃないか、の意である。


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posted by osono at 18:21 | Comment(0) | 漢詩