2015年11月13日

瓦氏夫人 (1)

瓦氏夫人は中国では結構有名だけれども日本ではほとんど知られていないようなので、物語の執筆の一方で、瓦氏夫人がいかなる人物だったのか、その概略をここにぼちぼち書いていこうと思う。

瓦氏夫人の生年は、その没年と享年から逆算すると1499年か(1496年とか1497年とか書いてあるものも散見されるけれども、確定はできない)。

出生地は広西鎮安府帰順州。現在の広西チワン族自治区南寧市の西200キロメートルほどのところ(↓このあたり)。


父親は帰順州土官の岑璋という人。土官というのは漢民族以外の集団の頭目のことで、明朝の信任が必要だけれども、原則世襲される。瓦氏夫人は帰順州の自治を代々任されている家に生まれた。

瓦氏夫人の幼名は「花」だったようだ。つまり、姓名は「岑花」。それがなにゆえ「瓦氏夫人」と呼ばれるようになったかというと、彼女は岑猛という隣の府の土官に嫁ぐのだけれども、これは同じ姓の男女の結婚を許さない漢族にとっては忌むべきこと。そのため、のちに明朝の役人が上奏文で彼女について触れたい時に「岑猛の妻、岑花」と書くのは都合が悪く、チワン族の方言で花と同音の瓦(花も瓦もvaと発音されるらしい)の文字を使うことにして「岑猛の妻、瓦氏」と書いたからのようだ。

瓦氏夫人 (2)


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posted by osono at 12:35 | 著作