家族旅行でビンタン島からシンガポールへの移動中、老母が転んで腰を強打した。動かなければなんともないけれども足を少し動かすだけで猛烈に痛いというので、シンガポールのフェリーターミナルから病院へ直行した。診断は腰骨の骨折。急遽二日後にシンガポールの病院で人工関節を入れる手術をすることになった。
手術当日。手術室の前室でストレッチャーに乗せられた母と皆とで話をしていると、息子は「バイバイ」と言って部屋を出てゆき戻ってこなくなった。妻いわく、「怖いんじゃないかと思う」。ストレッチャーに乗せられた人が次から次へと奥の手術室へと消えてゆく。
手術後。麻酔が覚めてきて強烈な痛みに顔をしかめる母を僕と妻とが励ますうしろで、息子はその日買ってもらったレゴを熱心に組み立てていた。いつもは「やって〜」と言って結局は大半を僕に作らせるのに、眠そうなそぶりを一切見せずに熱中し、2時間以上をかけて23時過ぎにようやく完成した。そのあと、妻と息子をホテルに帰そうと思いレゴを片付け始めると、息子が、仕舞い方が悪いと言って猛然と泣き出した。夜中の病院である。泣きやむまで待つわけにも、わがままを言うなと大声で叱りつけるわけにもいかない。抱き上げてエレベーターホールまで連れていき、「眠いよな。ホテル帰って寝よう」などとなだめてみたが泣きやまない。ところが、ダッコのままエレベーターホール横のソファに腰掛け、「よくがんばったな。ホテルに帰りたかったのに、バーバがかわいそうだから言わなかったんだろ」と言ったらピタリと泣きやんだ。息子は僕から下りて病室に向かって腕を振って歩き出した。
4歳児が「かわいそう」という言葉を口にするときは、心からそう思っているわけではなくて、ほとんど母親に言わされているようなものなのだと思い込んでいた、が、どうやらそうではない。身体はまだまだちっちゃいけど、心はズンズン成長している。