2014年01月13日

セクシー上海語の素敵な彼女

元来、超不真面目フェイスブック・ユーザーで、“友達”の数も両手では余るけれども両足を加えれば数えられるくらいだったのだけれども、ちょっと不純な動機もあって昨日くらいからせっせと友達を増やす努力をしている。

そんな折、とってもなつかしい人からメッセージが届いた。

僕が三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)の上海の出先機関にお世話になっていたころの上海人の同僚で、復旦卒の才女である。当時のボスと“友達”になったところ、その18時間後に「お元気ですか」とメッセージを送ってきてくれた。

むかし、僕は彼女のことが好きだったのだ……というと小さくない波紋を起こしそうだけれども、恋愛感情じゃない。そのころ既に彼女は人妻だったのだ。そうじゃなかったならばどうなったかは知らないけど、こんな僕でも人妻に恋心を抱かないくらいの理性はある。

長い年月を経たあとで、むかし憧れていた異性から連絡をもらうこと。おそらくそれはバック・ナインに入った人生において最もうれしいことのうちのひとつ、といっていいに違いない。

で、何がそんなに好きだったかというと、もちろん容姿も人柄も素晴らしかったのだけれども、なによりその声が素敵だったんだ。

  セクシー上海語

当時僕は、彼女のしゃべる言葉をそう呼んでいた。

彼女と出会うまで僕は、どうも上海語というのは耳に心地よくない、と思っていた。特に男性の上海語。なんだかツンツンしていてカンカンしていて、それでいてズルズルしていてザラザラしていて。

しかし彼女は違った。

当時オフィスの中での会話は北京語か日本語だったが、時折上海語で電話をしている彼女の声が聞こえてくる。彼女の話す言葉はなんとも耳にやさしかった。僕は目を閉じて清流のような彼女の声に耳を傾けた。

「テバチ,テバチ」(对不起,对不起)

「モエノン」(麻烦你)

ああ、思い出しただけで頬がほてってくる。

***

ところで彼女、実はこのブログの名づけ親なんである。

情報サイトを運営していたころ、日々更新されるコラム欄に「天声人語」とか「大機小機」のような、なにかいいタイトルをつけたいと思っていた。

そこで彼女に「アイディアない?」と尋ねたところ、すぐに「『春風得意』なんてどう?」とセクシーな声が返ってきた。

無学な僕はその意味を知らず、「へ?」っと訊き返したのだが、彼女の解説を聞いて即決した。

「春風得意」は、唐代の孟郊の七言絶句、「登科後」の中の一節(詳しくは以前こちらに書いた)。

立ち上げ直後でサイトを大きくすることに熱中していた僕は、順風満帆を意味するこの言葉を、すぐに気に入った。そして、こんなピッタリな言葉をすぐに思いつく彼女をスゴイと思った。

そのコラム欄はしばらくして閉じてしまったのだけれども、その言葉が好きで、自分のブログのタイトルとして掲げることとした。

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posted by osono at 00:57 | Comment(0) | 上海

2014年01月11日

アマゾンさまさま

books.jpg正月休みのうちに次の本のテーマを決めたくて、年末に、ネタを探そうと思いつつ、アマゾンを彷徨って思いつくままに本を買いあさった。

先日夕刻。朝から本を読み続けて疲れてきたときに、ふと、年末に買った本を積み重ねてみたらどのくらいの高さになるのだろう、と思いたった。

で、やってみた結果が写真(もちろん一番上の『イスとイヌの見分け方』はネタ探しとは関係ないけど)。

この山は撮影後数秒で倒壊した。

ちょうど腰の高さくらいだった。

と書くと、いかにも書籍代が相当かかっているみたいだけれども、実はそうでもない。

全部あわせて数万円というところじゃないかな。

これ、ほとんど全てが中古本なんである。

以前は他人が一度読んだ本なんてバッチくて読めない、なんて思っていたけれども、いまはもう慣れてしまった。

アマゾンの中古本は、本をいっぱい買わなくてはならない人間にはほんとうに助かる。

安いし(1冊1円なんてのもある(ただし送料は別))、アマゾンの倉庫にある中古本については注文したその日に届く(この場合は送料タダ)。日本全国の古本屋さんが登録しているので、たいていの本なら手に入る。

もはやアマゾンなしの生活など考えられない。

本のみならず家電やおもちゃもアマゾンで買う。僕の買い物のほとんど全てはアマゾンだ。

おそらく最もよく閲覧するウェブサイトも、いまやグーグルではなくアマゾン。JALとのマイル提携もあるので、知らず知らずのうちにマイルもずんずんたまっていく。

そのうえアマゾンで自分の本も売ってもらっているので収入源でもある。

アマゾンさまさま。かみさま、ほとけさま、いなおさま、あまぞんさま。

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posted by osono at 19:59 | Comment(0) | 日記

2014年01月10日

日中戦争期の和平工作

上海エイレーネー」=上海の平和の女神。すなわち本作は、上海を舞台とした平和の物語。主人公は鄭蘋如をモデルとした女性だが、「和平」は本作のもうひとりの主人公といってもいい。

以下はウェブに掲載した「本作をお読みいただく前に」の文章から引用。
日中戦争は、残忍な戦闘も行われる一方で、和平に向けた活動が積極的になされ、それも同時に複数の工作が進行するという、特異とも言える紛争でした。軍人、外交官、民間人など各方面の人々が参画する和平活動は、やがて蒋介石との直接和平を目指す派と、汪兆銘による政権を立ち上げその政権と和平を実現し戦争を終結させようとする派とが激しく対立するようになります。本作ではその対立を中心に据えつつ、和平仲介のために南京−上海間を移動中の英国大使が謎の航空機に襲撃された事件や、暗殺者に狙われる汪兆銘を民間人に扮した陸軍大佐がハノイにまで救出に向かったことなど、歴史的ドラマをも交えて和平活動を描いていきます。

すなわち本作では「蒋介石との直接和平を目指す派」と「汪兆銘による政権を立ち上げその政権と和平を実現し戦争を終結させようとする派」とについてかなりのページを割いて描いているのだけれども、日中戦争期の和平工作については、興味深い話が他にもいっぱいある。

以下は、本作の巻末に掲載されている「モデルとした人々のこと」からの引用。
1940年を迎える頃には、首相周辺や参謀本部のみならず陸軍省、現地軍もが一様に、膠着状態に陥っている日中戦争をなんとか終わらせたいと望むようになるのだが、同時に、自らが骨抜きにしてしまった汪国民政府には大きな期待はできないというのが共通の認識だった。そのため日本政府は、汪国民政府の承認を引き延ばしつつ、蒋介石との直接交渉を模索し続けた。

そんな折に出てきたのが宋子良(宋慶齢、宋子文、宋美齢等の実弟)を通じた和平交渉、いわゆる桐工作である。陸軍はこの工作に大きな期待を寄せた。満洲承認問題や華北駐兵問題などでは難航したものの、1940年3月に香港で行われた予備会談では和平条件に日中双方がほぼ同意するに至った。中国側代表は蒋介石等の承諾を得るために合意内容を重慶に持ち帰ったが、同月末に汪国民政府が成立し、その頃から中国側の態度が消極的となる。結局同年9月、本工作は実質的に終了する。なお、宋子良と名乗った人物は、実は戴笠の直系の有力幹部だったことが後に判明する。

桐工作と入れ替わるように、1940年後半には浙江財閥の重鎮で交通銀行董事長の銭永銘を通じた工作が進められた。11月17日、蒋介石の特使より、全面撤兵と汪国民政府の非承認を約束するのならば和平交渉に入ってもいいとの打診があり、それを受け、22日に開かれた四相会議では、中国側が速やかに正式な代表を任命すれば30日に予定している汪国民政府承認を延期するとの決定がなされた。この日本の回答が香港に届いたのが24日で、27日にその回答を持って杜月笙が飛行機で重慶に向かった。中国側は29日に正式代表の任命を知らせてきたのだが、時すでに遅かった。その前日の28日、日本政府は予定どおり30日に汪国民政府承認を行うことを正式決定してしまったのである。

この短い文章からは伝わりにくいかもしれないが、中国側要人のニセモノが出てきて、日本側がそれに疑心を抱いたり、和平のために奔走する登場人物の一角に上海マフィアの大ボス杜月笙がいたり、一秒一刻を争うスリリングな展開があって最後にはたったの一日遅れたために失敗に終わってしまうことなど、小説になりそうな話が盛りだくさんなのだ。

ただ、すくなくとも当面は、これをテーマにして書くつもりはない。

日中戦争期の物語をふたつ書き終えて、いったんこの時期の話からは卒業しようと思っている。僕の頭はいま日中戦争期から400年ほど遡った頃の蘇州にある。

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posted by osono at 21:05 | Comment(0) | 中国社会・外交など

2014年01月09日

上海エイレーネー、アマゾン在庫切れ

上海エイレーネー」。発行日前だけれどもアマゾンの販売が今日から始まったうようだ。ところがアマゾンのページを除くと「この本は現在お取り扱いできません。」と表示されている。いきなり在庫切れになっちゃたみたいだ。

と書くと注文がいっぱい入ったみたいだけれども、おそらくそうじゃない。新刊本がでるとき、アマゾンが予約受付状況をみながら出版元に最初の納入冊数を指定してくるのだけれども、予約受付開始から販売開始までわずか数日だったので予約受付が少なく、アマゾンが需要を過少に見積もってしまったんだと思う。

明日の朝にアマゾンから出版元に在庫切れの連絡が行き、出版元が明日発送したとしてもアマゾン到着は明後日。となると「この本は現在お取り扱いできません。」の表示が消えるのは連休明けになってしまう。

ああ、残念。

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posted by osono at 15:42 | Comment(0) | 著作

2014年01月08日

消えた蘋如

名刺用カバー4.jpg「上海エイレーネー」(1月18日刊行予定・昨日アマゾンでの予約受付開始)について、主人公・靄若のモデルである鄭蘋如に直接聞いてみたいことは他にもいくつもある。

1939年12月。ジョッフル路(現淮海路)や大馬路(南京路)が濃緑の柊や深紅のポインセチアに色づいたころ、丁黙邨暗殺に加担し失敗した蘋如は「ジェスフィールド76号に自首するわ」と家族に言い置いて自宅を出た。

が、蘋如はまっすぐジェスフィールド76号に向かわなかったようだ。

自宅を出たあとの動きがよくわからない。蘋如は消えた。上海憲兵隊の林秀澄特高課長は彼女の出頭は年を越してからだと言っている。年内に出頭してきたとの証言もあるので断言はできないけれども、彼女が自宅を出たのは12月26日頃なので、林秀澄特高課長の言葉を信じるとすると、出頭までの間に1週間ほどが費やされている。

中国では、蘋如は自宅を出たあとアジトに籠り再度丁黙邨暗殺を謀った、というのが定説となっているようだ。蘋如は丁黙邨に対して、自分はクリスマスの暗殺に関わっていないと泣いて訴えて、もう一度会ってほしいと哀願した。そして自ら丁黙邨を殺害するつもりで拳銃をバッグに潜ませ会いにいき、その場で逮捕されてしまった、と。

しかし、どこにそう書いてあるのか、誰がそういう証言をしたのか、それがわからない。

確かに、蘋如が自宅を出たのは自首のためではなくて、家にいては逮捕されてしまうと考えたためかもしれない。しかし、拳銃をもって丁黙邨のもとに乗り込んでいったというのはどうなのだろう。

そんなことをできる蘋如は僕が彼女に抱いているイメージから遠いところにいる。

世間一般的には、蘋如は国家に殉ずる烈士、もしくは、一糸まとわぬ姿で枕の下に隠したナイフで対象の心臓を一刺しする女性、というようなイメージがある。でも僕は、それはかなり疑わしいと思っている。時代が時代だから国を思う気持ちは強かったろうけれども、そのために命を捨てようと考えるほどに狂信的でもなく、小さな虫すら容易に殺せない。そんな女性だったんじゃないかと思う。夜中に部屋に出てきた小さい虫をスリッパで叩くことはできても、数日前まで親しく会話をしていた人間を自分の手で殺せるとは思いにくい。あれやこれやと文献を読んでいるうちに僕はそういうイメージをもつに至った。

それに、逮捕されるかもしれないと思って自宅を出たのに、丁黙邨が自分を疑っていないだろうと思って会いにいくというのも軽率に過ぎるように思うし。

ちなみに「上海エイレーネー」では、主人公が家を出てからジェスフィールド76号に出頭するまでの間についてはさらりと片づけてしまっている。主人公の靄若は僕の頭でつくられた女性だから、そのあたりは誰からも文句を言われたくない。

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posted by osono at 15:16 | Comment(0) | 著作

2014年01月06日

1月3日の新幹線。「グリーン車 お年寄り」

kake.jpg

東京で年を越し、3日に掛川にいって妻の実家で1泊し、翌日東京に戻った。

3日といえば有楽町での火災で東海道新幹線が止まり、大混乱となった日。その影響を蒙ってしまった。

昼頃には掛川に着きたかったのだけれども、新幹線は昼過ぎまで動かず、家を出たのが午後2時過ぎ。

品川駅に着き席を予約しようとすると、3日の指定席・グリーン席の予約は受け付けていないとの張り紙がしてあった。しょうがないので自由席でいくことにした。

プラットフォームに上がり入線してきた列車の車内を見ると、グリーン車と指定席には相当多数の空席が見られた。なんだかとっても不条理。

一方で自由席は大変な混みようだった。掛川までは2時間かからないのだけれども、15キロの子供をダッコして立ち続けるのは結構キツイ。

車内で空席はないかとキョロキョロしていると、複数の人が席を譲ると言ってくれた。うれしかったぁ。日本もまだまだ捨てたもんじゃない、などと思いつつ僕は瞳を赤く染めた。

が、お断りした。子供がもっと小さければご好意に甘えられたように思うのだけれども、自分で歩き回れる子供のために席を譲ってもらうというのもいかがなものか、と思ってしまったのだ。

3日の新幹線の混雑について、とある女性のツイートが話題になっているらしい。女性は「ちょいと新幹線の車掌さんよ!大幅に遅れて運行している中、席がたくさん空いているのにグリーン車の切符がないとグリーン車に乗れないなんて全っっっ然やさしくなーい。立ってる子連れやお年寄りよりがいるからお願いお願いって言ってもダメだった」とツイートしたところ、批判が殺到して炎上する騒ぎとなっているのだとか。炎上の様子は「グリーン車 お年寄り」で検索してみるとわかる。

批判している人の多くはグリーン料金を払っていない人間をグリーンに座らせることが問題だと考えているようだ。でもあの日、グリーン料金を払って座りたくても、切符を買うことすらできなかった。駅では販売していなかったし、車掌が車内で手売りしていたそうだけれども大混雑の車内で車掌の姿など一度もみかけなかった。

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posted by osono at 18:10 | Comment(0) | 日記